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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)161号 判決 1978年7月20日

原告

大正海上火災保険株式会社

被告

李福善

ほか四名

主文

一  被告李福善、同李元玉、同李富子、同李朝子は原告に対し、それぞれ金四五万〇、〇六〇円およびこれに対する被告李福善につき昭和五一年一〇月三日から、被告李元玉、同李富子、同李朝子につき同年一一月五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告鳩タクシー株式会社は原告に対し、金二二〇万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和五二年二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告五名に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告と被告李福善、同李元玉、同李富子、同李朝子との間に生じた分はこれをすべて同被告ら四名の負担とし、原告と被告鳩タクシー株式会社との間に生じた分はこれを一二分し、その一一を同被告の、その余を原告の負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一) 被告李福善、同李元玉、同李富子、同李朝子は原告に対し、それぞれ金四五万〇、〇六〇円およびこれに対する被告李福善につき昭和五一年一〇月三日から、被告李元玉、同李富子、同李朝子につき同年一一月五日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。(二) 被告鳩タクシー株式会社は原告に対し、金二四〇万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和五二年二月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨判決。

第二当時者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は損害保険を業とする会社であるが、訴外塚本稔雄と同人を被保険者として左記のとおりの自動車損害賠償責任保険契約を昭和四五年三月一七日締結した。

1 証明書番号 第〇七五八八五号

2 被保険自動車 同人保有の軽四輪乗用自動車(八大阪す一七〇七号、以下甲車という。)

3 保険期間 昭和四五年三月一七日から同四六年三月一七日まで

4 保険金額 傷害分 五〇万円

死亡分 五〇〇万円

(二)  昭和四六年一月一九日午後六時五〇分ころ大阪市天王寺区国分町一五〇番地先路上において同道路を東から西に向かつて横断歩行中の訴外文己淑(明治三四年九月一六日生)が南から北に向かつて進行中の被告鳩タクシー株式会社(以下被告会社という。)保有、同従業員橘五郎運転の普通乗用自動車(大阪五い四〇七六号以下乙車という。)に跳ね飛ばされて骨盤骨折、腰部、前腕部、後頭部挫傷の傷害を被り、早石病院に入院中昭和四六年一〇月二九日右傷害による急性心臓衰弱のため死亡した。

(三)  右事故発生の際乙車の後部に甲車の前部が追突したことから、文己淑の相続人である被告李福善、同李元玉、同李富子、同李朝子(以下被告李ら四名という。)は乙車に甲車が追突したため右事故が発生したものであるから右事故は塚本および橘の共同不法行為によるものであり、塚本にも自賠法三条による損害賠償責任があるとして原告に対し同法一六条一項による保険金請求をしたので、原告は自動車保険料算定会天王子調査事務所の右主張に副つた調査結果に基づき昭和五〇年一一月六日被告李ら四名に対し各自四五万〇、〇六〇円合計一八〇万〇、二四〇円の支払をした。

(四)  しかし、昭和五一年二月一二日言渡の大阪地方裁判所判決(同庁昭和四九年(ワ)第五一二四号)は甲車は乙車が文と衝突後に同車に追突したもので、甲車の運行と文の受傷、死亡とは因果関係が肯認できないとして塚本の責任を否定し同人に対する被告李ら四名の損害賠償請求を棄却し、同判決はその後確定し、かつ真実の事態の経過も同判決の説示のとおりである。

(五)  したがつて、塚本の運行供用者としての損害賠償責任がない以上、被告李ら四名は原告の損失において、法律上の原因がなくして前記のそれぞれ保険名名義で交付を受けた金員各四五万〇、〇六〇円を不当に利得しているので、各自、右各金員を原告に対し返還すべき債務がある。

(六)  前記のとおり、本件事故は乙車の運行のみによつて発生したものであるから被告李ら四名に対する損害賠償債務は被告会社および橘のみが負担すべきものであるのに、被告会社は被告李ら四名に支払つた治療費六〇万円、付添看護費二〇万九、五二〇円の半額である四〇万四、七六〇円を原告に請求したので、原告は自らは債務がないことは知らずに昭和四八年一月一一日同会社に対し右同額を支払つたが、前記のとおり原告には被告李ら四名に対する保険金支払の債務がないので、被告会社は原告の損失において法律の原因なくして右同額を不当に利得しているのでこれを原告に対し返還すべき義務がある。

(七)  そして、前記(四)の訴訟において塚本と共同被告となつた被告会社および橘は同判決において連帯して被告李ら四名に対しそれぞれ損害賠償金九八万二、七二二円および右金員に対する昭和四六年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを命じられ、同判決は確定した。

しかし、被告会社は右訴訟の最終口頭弁論期日(昭和五〇年一一月二七日)前に甲車および乙車の自賠責任保険金各一八〇万〇、二四〇円合計三六〇万〇、四八〇円(なお乙車のそれは富士火災海上保険株式会社(以下富士火災という。)から昭和五〇年一一月五日支払)が被告李ら四名に支払われているのに右弁済の主張を怠つたので、右同額を判決の給付命令額から控除することを求めて被告李ら四名に対し昭和五一年四月一日大阪簡易裁判所に対し調停の申立をし、同期調停日は同年五月四日、同月二六日、同年六月一七日の三回開かれたが、富士火災が支払つた一八〇万〇、二四〇円の控除については特段の異議はなかつたが、原告の同額の支払分については被告李ら四名が原告に返還するのか、或いは被告会社が原告に支払うのかが争いになり、反面被告李ら四名は前記の訴訟において文の将来の逸失利益の請求をしていなかつたため、前記の控除に応じる交換条件として右損害額一八三万円を認めるよう要求し、結局同年六月一七日の期日において当事者間で給付命令額から金三六〇万〇、四八〇円の控除、将来の逸失利益一八〇万余円の加算の計算で被告会社は被告李ら四名に対し各自七五万円ずつ合計三〇〇万円支払い、これに伴つて被告李ら四名の原告に対する合計一八〇万〇、二四〇円の不当利得返還債務を被告会社がいずれも重畳的に引受ける旨の第三者である原告のためにする契約をする旨の合意ができて調停が成立した。

そして原告は被告会社に対し昭和五二年二月五日送達の本訴状をもつて右契約に対する受益の意思表示をした。

(八)  よつて被告会社は原告に対し前記(六)、(七)の合計二二〇万五、〇〇〇円の支払義務があるのに、再三の催告にもかかわらずこれに応じないのは被告会社の不当な抗争というほかはない。したがつて原告は被告会社に対し已むなく本訴を提起したが、弁護士費用は二二万円が相当である。

(九)  よつて原告は被告李ら四名に対しそれぞれ不当利得金四五万〇、〇六〇円およびこれに対する訴状送達の日(被告李福善につき昭和五一年一〇月二日、その余の同被告らにつきいずれも同年一一月四日)の翌日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、被告会社に対し不当利得金、債務引受金および弁護士費用合計二四〇万五、〇〇〇円(なお、計数上右合計額は二四二万五、〇〇〇円となるが、原告の請求の趣旨の記載に従う。)およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年二月六日から完済まで前同様の年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告李ら四名の答弁

請求原因(一)のうち原告がその主張の会社で塚本とその主張の保険契約を締結していたことは認めるが、その詳細は不知。同(二)、(三)は認める(ただし、右保険金請求は被告李ら四名の名義でしているが実際は他の被告らの債権を被告李元玉が譲受け、保険金も同被告が全額受領したものである。)同(四)のうち原告主張のとおりの判決が言渡され確定したことは認めるが、その余は否認。甲、乙車の衝突と被害者文が跳ね飛ばされたのとは同時であつた。同(五)、(九)は争う。

三  被告会社の答弁

(一)  請求原因(一)のうち、原告がその主張の会社で塚本とその主張の保険契約を締結していたことは認めるがその内容は不知。同(二)、(三)は認める。同(四)のうち原告主張の判決が言渡され確定したことは認めるが、その余は否認。同(五)は争う。同(六)のうち原告が被告会社に対しその主張の日その主張の金員四〇万四、七六〇円を支払つたことは認めるが、その余の主張は争う。同(七)のうち原告主張の趣旨の調停申立をし、その主張のとおりの期日が開かれたこと、昭和五一年六月一七日の調停期日において被告会社が被告李ら四名に対しそれぞれ七五万円ずつ合計三〇〇万円支払う旨の調停が当事者間で成立したことは認めるが、その余は否認する。同(八)、(九)は争う。

(二)  原告主張の調停は当初は判決の給付命令額から三六〇万〇、四八〇万円を控除することを求める趣旨で申立られたことは争わないが、第二回調停期日終了後被告会社が調査したところ、原告か被告李ら四名に支払つた保険金一八〇万〇、二四〇円を原告が乙車加入の保険会社である富士火災に求償することはなく、したがつて右金員は被告李ら四名が原告に返還すべきで、被告会社の負担になることはないことが判明したので、第三回期日において被告会社はその旨を被告李ら四名に告げ、給付命令額からの控除は乙車の保険金一八〇万〇、二四〇円だけにとどめ、かつ、被害者文は死亡時六九歳の高齢で無職で被告李ら四名に扶養されていることから将来の逸失利益の請求は困難なのでしないことで当事者双方は合意し、その計算関係は別紙のとおりで計数上被告会社の債務額は二九六万九、七七六円になるが、これを切り上げて三〇〇万円支払うことで調停が成立したもので、被告会社が被告李ら四名の原告に対する不当利益返還債務を重畳的に引受ける旨被告李ら四名と契約した事実はありえない。なお、文の将来の逸失利益は乙車の保険金で三八万円支払われている。

四  被告李ら四名の抗弁

被告会社と被告李ら四名との間の調停のいきさつ、成立の内容は原告がその請求原因(七)に主張のとおりであるが、被告会社の債務引受は、被告李ら四名の原告に対する債務を免脱させる代りに、被告会社がその新たな債務者になる旨の免責的債務引受である。

五  被告会社の抗弁

仮に、原告主張の被告会社の重畳的債務引受の主張が理由があるとしても、それは原告が被告李ら四名に支払つた保険金一八〇万〇、二四〇円を富士火災に求償し被告会社の負担になることを前提としての調停当事者間の合意であり、真実はそのような求償関係はありえない以上、その当事者双方の意思表示にはその内容の重要部分に錯誤があり、右債務引受は無効である。

六  前記四、五の各抗弁に対する原告の答弁

前記四のうち、免責的債務引受の主張および五の主張はいずれも争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)のうち、原告が損害保険を業とする株式会社であることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、弁論の全趣旨による成立を認めうる同第二、三号証および弁論の全趣旨によれば原告と塚本稔雄との間でその主張の日、その主張の内容の自動車損害賠償責任保険が締結されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、まず、原告の被告李ら四名に対する請求について検討する。

(一)  請求原因(三)のうち、原告主張のとおり被告李ら四名が原告に対し被害者文の死亡に伴う保険金請求をし、原告は同被告ら四名の受取人名義でその主張の日合計一八〇万〇、二四〇円の保険金を支払つたことは当事者間に争いがない。同被告らは右保険金請求は同被告ら四名の名義でしているが実際は他の被告らの債権を被告李元玉が譲り受け、保険金は全額同被告が受領した旨主張するが、成立に争いがない丙第二号証の一ないし四によれば同被告らはその余の被告らが被告李元玉に対し保険金の受領権限を委任して富士火災に対し保険金請求し、同被告が自分の分に合わせて他の被告ら分も代理して受領していることが認められ、弁論の全趣旨によると原告に対する保険金の請求、受領も同様な方法によつたことが認められるが、その余の被告らが被告李元玉に保険金債権(ただし、後記のとおりその成立は認められない。)を譲渡し、保険金一八〇万〇、二四〇円を全額同被告が取得したことを肯認する的確な証拠はないので、同被告ら四名が各自現金四五万〇、〇六〇円ずつを取得したというべきである。

(二)  そして、請求原因(四)のうち、原告主張の判決の言渡があり、その後同判決は確定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第一号証および弁論の全趣旨によれば、本件事故発生の真実の事態の経過も同判決説示のとおり、甲車が乙車に追突したのは乙車が被害者文に衝突し同人を跳ね飛ばしたのちであり、同人の受傷および死亡に対し甲車の運行はなんら原因となつていないことが優に肯認できる。したがつて甲車の運行供用者である塚本に自賠法三条所定の同被告らに対する損害賠償責任がない以上、原告も同被告らに自賠責保険金を支払う債務がないので、結局同被告らは法律上の原因がなく、原告の損失において、同保険金名義で支払われた現金各四五万〇、〇六〇円ずつを不当に利得しているといえるので、民法七〇三条により同被告ら四名は原告に対しそれぞれ右同額を返還すべき債務があるといえる。

(三)  同被告らは被告会社の右返還債務の免責的債務引受をその抗弁として主張するのでこの点について判断する。原告の請求原因のうち重畳的債務引受の主張の点を除き、被告会社と被告李ら四名との間の調停の申立、経過、成立等については当事者間に争いがない。しかし成立に争いがない甲第四号証および証人野村清美の証言によれば右の調停は被告会社を申立人、被告李ら四名を相手方とするもので、原告は当事者としては勿論利害関係人としても右手続に参加しておらず、原告がなんら関与することなく進行、成立したものであるが認められること、成立に争いがない乙第二号証、前掲野村証言、証人辻公雄の証言により原告支払の一八〇万〇、二四〇円は被告会社の負担で同会社が原告に対し債務者として、支払う旨が調停当事者間で約定されたことは認められるが、原告が被告李ら四名に返還を求めたとき同被告らはそれに応じなくてもよい、すなわち同被告らの債務は免除される旨の約定があつたとまでは認めるに十分でなく、むしろ右当事者間の契約は、内部的な負担部分は被告会社がその全部を負い、被告季ら四名分は零とするが、原告に対しては同被告らと併存して被告会社が連帯債務者として支払債務を負う旨の第三者である原告のためにする重畳的債務引受であり、被告李ら四名に対する免責的なものではないと認めるのが相当であるので、同被告らの右抗弁は理由がない。(なお、仮りに右債務引受を強いて免責的なものと解釈しても債権者である原告のそれに対する承認があつたことを認める証拠はないので同被告ら四名が債務を免れないことには変りはない。)

したがつて、同被告ら四名は原告に対し各自前同額の返還債務がある。

四  次に、原告の被告会社に対する請求について検討する。

(一)  請求原因(三)の事実は当事者間に争いがなく、同(四)のうち原告主張の判決の言渡があり、その後同判決は確定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第一号証および弁論の全趣旨によれば本件事故発生の真実の事態の経過は前記の同判決の説示のとおりであることが肯認することができ、被告季ら四名は原告に対し各自四五万〇、〇六〇円の不当利得返還債務を負つていることが首肯される。

(二)  そして、請求原因(六)のうち、原告主張の日、原告が被告会社に対し、同会社が被告李ら四名に支払つた治療費等の半額四〇万四、七六〇円を請求に応じて支払つたことは当事者間に争いがなく、同被告ら四名に対し塚本の損害賠償責任がなく、したがつて原告の自賠責保険金支払債務がなく、かつ、前掲乙第一号証によれば前記の判決において被告会社は乙車の運転者橘と連帯して被告李ら四名に対しそれぞれ右事故による損害賠償金支払債務があることを説示されていることが認められるので、被告会社は法律上の原因がなくて、原告の損失において現金四〇万四、七六〇円を不当に利得しているというべきであるから、被告会社は原告に対し右同額の不当利得返還債務があるといえる。

(三)  次に、請求原因(七)の事実についてみてみる。

1  右のうち、原告主張の判決が言渡され、確定したこと、被告会社が被告李ら四名を相手方として判決の給付命令額から甲、乙車加入の自賠責保険金合計三六〇万〇、四八〇円を同被告ら四名が同判決の最終口頭弁論期日前に受領しているのでその控除を求めて原告主張の日、大阪簡易裁判所に調停を申立て、その期日が昭和五一年五月四日、同月二六日、同年六月一七日の三回に亘つて開かれ、同年六月一七日の期日において当事者間で被告会社の被告李ら四名に対する支払額を各自七五万円ずつとすることで合意が成立し、調停が成立したことは当事者間に争いがない。

2  右の成立した調停の内容について、原告は前記判決の給付命令額から原告および富士火災から被告李ら四名に支払済みの保険金三六〇万〇、四八〇円を控除し、被害者文の将来の逸失利益一八〇万余円を加算し算出した三〇〇万円(同被告ら各七五万円ずつ)を被告会社が被告李ら四名に支払うと共に、同被告ら四名の原告に対する各自四五万〇、〇六〇円ずつ合計一八〇万〇、二四〇円の不当利得返還債務を重畳的に引受ける旨を調停当事者間で合意した旨主張し、被告会社は右事実を否認し、前記三〇〇万円は判決の給付命令額から単に富士火災から支払われた保険金一八〇万〇、二四〇円を控除しただけのもので前記の逸失利益は含んでいない旨反論するのでこの点について判断する。

(1) 被告会社は少くとも第二回調停期日までは原告支払の保険金一八〇万〇、二四〇円につき乙車加入の富士火災の自賠責保険に求償がなされ、その分だけ、被告合社が被告李ら四名に対し支払う損害賠償金につき加害者請求した場合、減額されるか或いは直接原告から被告会社に対し請求がなされるかしていずれにしても右金員は同会社の負担になると主張して、合計三八〇万〇、四八〇円の控除を申立てたことは被告会社の明らかに争わないところである。被告会社は同期日が終了後同会社の担当者が調査の結果原告から富士火災に対する右のような求償はありえないことが判明したので第三回期日に被告李ら四名に告知した旨主張し、証人金城慶三、同西山巌は右主張に副う証言をしているが、同証言部分は同期日に被告李ら四名の代理人として出席した証人辻公雄および被告李元玉がそのような被告会社から告知はなく、同会社の第二回までの主張をもとに三六〇万〇、四八〇円を控除することを前提として調停が成立し、第三回は二、三分で終つたと証言および供述していることからたやすく信用することができない。

(2) 前掲乙第二号証、野村、辻、西山証言によれば被告李ら四名側は前記の控除の交換条件として同判決における訴訟で請求しなかつた文の死亡による将来の逸失利益を損害額として認めるよう被告会社に対し強く要求し、調停委員の試算ではそれが一八〇万余円になり、被告会社代理人の試算でも一七一万円になつたことが認められ、被告李ら四名側は被告会社に対し直ちに執行しうる債務名義である確定判決を有していたところから調停にはかなり強硬な態度で臨んだと推定されるので、第二回まで主張していた右の要求を第三回において容易に撤回したと認めるのはきわめて不自然である。被告会社は富士火災から被告李ら四名に支払われた保険金一八〇万〇、二四〇円のうちには文の将来の逸失利益三八万円が含まれている旨主張し、右主張に副う成立に争いがない丙第三号証の記載があるが、右書証は本訴提起後、被告会社訴訟代理人の照会により富士火災が昭和五三年四月一〇日付で回答として作成したものであり、前記の調停の席上、当事者間で右の逸失利益については既に全部または一部の弁済がなされているとか、それに伴つて控除額が少くなる(なお、前掲乙第一号証によれば前記判決の認容の損害費目は治療費、慰藉料、葬祭費、弁護士費用)とかいう話合があつたとは前掲各証拠から認められない。

(3) 当裁判所の試算でも同判決の給付命令額(ただし昭和五一年三月末日までの遅延損害金まで。)から三六〇万〇、四八〇円を控除した金額は一一九万八、四三五円となり、これに一八〇万一、五六五円を加えたものが三〇〇万円となり、これはほぼ原告の主張に副うものであり、前掲甲第四号証、乙第二号証、野村、辻各証言によれば調停での話合は被告会社が申立てた残債務額一二七万一、四七七円を基礎として行なわれたことが認められる。被告会社は別表による試算をもとに三〇〇万円は判決の給付命令額から富士火災からの保険金一八〇万〇、二四〇円を控除し算出した二九六万九、七七六円を切り上げたものである旨主張し、前掲西山証人は右主張に副う証言し、別紙による算式はそれなりに一応正当と認められるが、前掲各証拠によれば調停の席上右の計算方法は話合の基礎とされ、また、議題となつたとは認められない。

3  以上の説示および認定によれば、前掲甲第四号(調停調書)の調停条項には明示されてはいないが、原告主張のとおり、調停での成立額三〇〇万円は判決の給付命令額から前記の両保険金額合計三六〇万〇、四八〇円を控除し、文の将来の逸失利益を加算し算出したものであり、その代償として被告会社は原告に対し原告が被告李ら四名に対し保険金名義で支払つた各自四五万〇、〇六〇円合計一八〇万〇、二四〇円を支払う旨を同被告ら四名との間で約定し、右約定は内部的な負担部分は被告会社がその全部を負い、被告李ら四名分は零とするが、原告に対しては同被告らと併存して被告会社が連帯債務者として右合計額を支払う旨の第三者である原告のためにする、同被告ら四名の原告に対する各不当利得債務についての重畳的債務引受であると認められ、原告は昭和五二年二月五日送達の被告会社に対する本訴提起による受益の意思表示により原告は被告会社に対し右合計一八〇万〇、二四〇円の支払を直接請求できる債権を取得したものということができる。

(四)  そこで、被告会社の抗弁について判断する。前説示のとおり、原告が富士火災に対し、一八〇万〇、二四〇円の求償を求め、同会社がこれを支払つたとき、被告会社の同会社に対する加害者請求額からその分だけ控除され、結局一八〇万、〇、二四〇円は被告会社の負担になる旨の話合が調停当事者間であつたことは事実であるが、かかる求償がなされず、原告が被告会社に対し直接支払を求めた場合でも被告会社はそれに応じなければならず、また応じる旨の約定のもとに重畳的債務引受がなされたことも前説示のとおりであるので、調停当事者双方の意思表示に錯誤の存在の問題は生じないので右抗弁は失当である。

(五)  そうだとすると、被告会社は原告に対し、不当利得返還金四〇万四、七六〇円、債務引受金一八〇万〇、二四〇円合計二二〇万五、〇〇〇円の支払義務があるといえる。なお、弁護士費用は本件事案の内容、訴訟経過から考えて、被告会社の応訴、防禦は必ずしも不当な抗争とはいえないので原告の弁護士費用の請求は失当といわざるをえない。

五  以上説示の次第で、(一)被告李ら四名は原告に対し不当利得返還金それぞれ金四〇万、〇六〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である被告李福善につき昭和五一年一〇月三日から、その余の同被告ら三名につき同年一一月五日から各完成まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、(二)被告会社は原告に対し不当利得返還金および債務引受金合計金二二〇万五、〇〇〇円ならびにこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年二月六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告の被告らに対する各請求を右の限度で正当として認容しその余の原告の被告らに対する請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行の宣言につき民訴法八九条、九二条本文、但書九三条一項、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

別紙(円は省略)

(1) 損害額 1,606,700(治療費)+600,000(文本人の慰藉料)+3,600,000(被告李ら4名の慰藉料)+166,000(葬祭費)=5,972,700

(2) 過失相殺 5,972,700×(1-0.3)=4,180,890

(3) 損害の填補 4,180,000-600,000=3,580,890

(4) 認容額(元本) 8,580,890+350,000(弁護士費用)=8,980,890

(5) 昭和46.10.30から同50.11.5までの遅延損害金

3,930,890×0.05×1.437/365=773,752

(6) 富士火災から保険金による損害の填補(元本充当)

3,930,890-1,800,240=2,130,650(残元本)

(7) 昭50.11.6から同51.6.17までの遅延損害金

2,130,650×0.05×224/365=65,374

(8) 昭51.6.17現在の損害賠償総債権額

2,130,650+773,752+65,374=2,969,776

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